空間の中で場面を見たとき、その場面から心がどの要素をどの様な順序で感じ取っていくのかを、第3章でお伝えしました。
場面内の要素を感じ取る順序は、狩猟民族の言語を起源とする英語を話す話者でも、農耕民族の言語を起源とする日本語の話者でも、同じであるとお話ししました。
次に、この場面からそれぞれの要素を感じ取った後に、英語話者と日本語話者はどのように言葉を生成するのでしょうか。場面内の要素から感じ取った事柄のどれに語句を当て、どれに語句を当てないのでしょうか。
ここから先に話を進める前に、押さえておかなければならないことが一つあります。
英語においても日本語においても、意図的な操作が加えられない限り、自然な発話であれば、状態・動きを表す詞(ことば)は必ず述べられる。 |
ということです。
状態や動きを感じ取って、人は初めて何かを誰かに伝えたいと思う様になります。
人間は場面を見たとき、まず状態・動きを意識します。言葉の表現の中核となるのはこの状態や動きです。この状態や動きに、まず語句が与えられます。そして、それに必要な情報が付帯的にその他の語句で付け加えられていきます。
但し、この語句を付け加える過程に、文化が影響を与えます。英語の言葉の生成は狩猟民族の文化の影響を受け、日本語の言葉の生成は農耕民族の文化の影響を受けます。
第1章で、英語での言葉の生成は下記に基づくと述べました。
狩猟民族は、 |
1. 相手の存在を明確に述べる。 |
2. 次に、自らの存在を明確に述べる。 |
また、同章で、日本語での言葉の生成は下記であるとも述べました。
農耕民族は、 |
1. 出来るだけ相手を明示しない形で述べる。 |
2. 自らの存在を明確に述べない。 |
上記のことから、英語においては、状態や動きを述べるにあたり相手がある場合はその相手を述べることになりますし、次に主語に立つもの(ここでは「自分」)を述べることになります。
一方、日本語においては、特段 相手の存在や自己の存在の明示を求められない限り、状態や動きの語句を述べるだけで、発話や記述文が成り立つことにもなります。
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